猫沢エミさんのインスタグラム写真 - (猫沢エミInstagram)「重度の頸椎ヘルニアによる緊急手術が決まったのは、ちょうど一年前のこの頃だった。  今日は術後一年健診で、レントゲンとMRI検査でした。首の骨を開いてチタンのインプラントを打ち、狭窄している脊髄神経を解放するという、今書いていても痛そうな手術は、間違いなくこれまでの人生で体験したことのない痛みだったけれど、本当に痛かったのは、それにまつわる精神的なものの方が大きかったよなぁと。 『素晴らしい経過です。』と目を輝かせたDr.潤こと船尾陽生先生の言葉を思い出しながら、やっと目が覚めたような感覚で、辛かったあれこれをリアルに反芻した。  苦境のど真ん中にいるとき、あまり辛さを直視しない方がうまく乗り切れると私は思っていて、当事者なのに、どこか他人事のような感じで、この一年を過ごしてきたフシがあった。そして、病で、痛みで、薬で自分はどう変化するのか?ということを、他でもない私自身が半ば面白がって観察していた。  この《自分の中にもうひとり、自分を置く》という客観視こそが、神経剤リリカの副作用である鬱状態をうまく乗り切る鍵になったんだろうなと思う。あとは根性かな😂 私は自分に負けるのが大嫌いだから。  先日、ホーキング博士のドキュメンタリーを観て、私は一年前に告げられた《一生寝たきりとなって、最後には人工呼吸器や延命治療器具なしでは生きていけなくなるかもしれない》という現実を思い出していた。すぐ考えたのは、『人様の人生を私の介護で食い潰すだなんて!すぐ死のう。』だった。この、すぐ死のうは、ドラマチックな湿度のあるものではなくて、ものすごく合理的で実務的な乾いた死のう、だった。  検査の時間を覚えていてた彼が、メトロで帰宅中の私を捉えて電話をかけてきた際、なかなかうまく言葉に出来ず、考えあぐねていたら『何も心配することないよ。俺は喜んで一生エミを介護する。』と、躊躇なく言った。多分この瞬間だったと思う。残りの人生があるのだとしたら、この人と歩きたいと真摯に思ったのは。  ロマンチックに涙を流したかったけれど、現実はドラマとは違って、愛しているからこそ彼の人生を犠牲には出来ないという、至極真っ当な混乱へ私を突き落とした。こんなことをさせるために、私はこの人を長く愛してきたんじゃない。幸せにしたくて、愛してきたんじゃないか!  私は文字通り、必死で生死両方に広がる選択肢と向き合って、結果、もう二度と動かなくなるかもしれないリスクのある手術を選んだ。しかし困ったな…手術が失敗したら、自殺も迂闊に出来なくなるよな?とか考えていた自分が、今振り返ると可笑しいのだけど🤣  ホーキング博士の生き様を見て、必死だったとはいえ、まったく浅はかな私の混乱を思い返していた。生きているということに広がる無限の可能性と、未知の宇宙科学はとてもよく似ていると、しみじみ思った。そして、死ななくてよかったと心から思えた。  船尾先生、看護師さんたち、リハビリの担当医さん…etc. 感謝、などというパッケージされた言葉では表しきれないです。そして一生、医療に従事する方々への尊敬の念は消えません。  私は賭けに出て、さまざまな人たちの力をお借りして、たまたま勝った。今日も、そのギリギリのラインで闘う人たちが、病院で生きている。  そのことを忘れられるはずもなく、私は本当に死ぬその日まで、一生懸命、自分の命に敬意を持って生きていこうと思います。  #ヘルニア国物語またはフリーダニャーロ  #頸椎ヘルニア」4月25日 17時21分 - necozawaemi

猫沢エミのインスタグラム(necozawaemi) - 4月25日 17時21分


重度の頸椎ヘルニアによる緊急手術が決まったのは、ちょうど一年前のこの頃だった。

今日は術後一年健診で、レントゲンとMRI検査でした。首の骨を開いてチタンのインプラントを打ち、狭窄している脊髄神経を解放するという、今書いていても痛そうな手術は、間違いなくこれまでの人生で体験したことのない痛みだったけれど、本当に痛かったのは、それにまつわる精神的なものの方が大きかったよなぁと。 『素晴らしい経過です。』と目を輝かせたDr.潤こと船尾陽生先生の言葉を思い出しながら、やっと目が覚めたような感覚で、辛かったあれこれをリアルに反芻した。

苦境のど真ん中にいるとき、あまり辛さを直視しない方がうまく乗り切れると私は思っていて、当事者なのに、どこか他人事のような感じで、この一年を過ごしてきたフシがあった。そして、病で、痛みで、薬で自分はどう変化するのか?ということを、他でもない私自身が半ば面白がって観察していた。

この《自分の中にもうひとり、自分を置く》という客観視こそが、神経剤リリカの副作用である鬱状態をうまく乗り切る鍵になったんだろうなと思う。あとは根性かな😂 私は自分に負けるのが大嫌いだから。

先日、ホーキング博士のドキュメンタリーを観て、私は一年前に告げられた《一生寝たきりとなって、最後には人工呼吸器や延命治療器具なしでは生きていけなくなるかもしれない》という現実を思い出していた。すぐ考えたのは、『人様の人生を私の介護で食い潰すだなんて!すぐ死のう。』だった。この、すぐ死のうは、ドラマチックな湿度のあるものではなくて、ものすごく合理的で実務的な乾いた死のう、だった。

検査の時間を覚えていてた彼が、メトロで帰宅中の私を捉えて電話をかけてきた際、なかなかうまく言葉に出来ず、考えあぐねていたら『何も心配することないよ。俺は喜んで一生エミを介護する。』と、躊躇なく言った。多分この瞬間だったと思う。残りの人生があるのだとしたら、この人と歩きたいと真摯に思ったのは。

ロマンチックに涙を流したかったけれど、現実はドラマとは違って、愛しているからこそ彼の人生を犠牲には出来ないという、至極真っ当な混乱へ私を突き落とした。こんなことをさせるために、私はこの人を長く愛してきたんじゃない。幸せにしたくて、愛してきたんじゃないか!

私は文字通り、必死で生死両方に広がる選択肢と向き合って、結果、もう二度と動かなくなるかもしれないリスクのある手術を選んだ。しかし困ったな…手術が失敗したら、自殺も迂闊に出来なくなるよな?とか考えていた自分が、今振り返ると可笑しいのだけど🤣

ホーキング博士の生き様を見て、必死だったとはいえ、まったく浅はかな私の混乱を思い返していた。生きているということに広がる無限の可能性と、未知の宇宙科学はとてもよく似ていると、しみじみ思った。そして、死ななくてよかったと心から思えた。

船尾先生、看護師さんたち、リハビリの担当医さん…etc. 感謝、などというパッケージされた言葉では表しきれないです。そして一生、医療に従事する方々への尊敬の念は消えません。

私は賭けに出て、さまざまな人たちの力をお借りして、たまたま勝った。今日も、そのギリギリのラインで闘う人たちが、病院で生きている。

そのことを忘れられるはずもなく、私は本当に死ぬその日まで、一生懸命、自分の命に敬意を持って生きていこうと思います。

#ヘルニア国物語またはフリーダニャーロ
#頸椎ヘルニア


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2019/4/25

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