梅津瑞樹のインスタグラム(umetsumizuki) - 11月18日 23時27分


山編(朗読付き※2分割)

浜辺を堪能した後、瀬戸内海を一望できる国立公園があると聞いて向かった先は山であった。これが存外大層な山で、その勾配の険しさときたら、昔話よろしく爺さんを芝刈りに行かせたら最後、そのまま道中腰をやって行方知れずとなるのは間違いない。ピサの斜塔を這う一匹の虫の様に這いつくばりながら、登れど登れど公園は見当たらず、結局辿り着くことは叶わなかった。そうこうしているうちに刻一刻と日は暮れていき、気がつけば辺りは山特有のあの粘り気を帯びた黒に覆われており、文字通り一寸先は闇である。しかし、ご心配には及ばない。こんな事もあろうかといつも鞄に懐中電灯を忍ばせているのだ。日頃からの、常に探検へと備える心構えが効を奏したという訳である。私は鞄の底の方で埃まみれとなっていた懐中電灯を取り出すと、剣のように構えて夜闇へと歩を進めた。
先刻から小粋な音楽を耳元で囁いて勇気づけてくれていたヘッドホンを取ってみると、夜の山に聞こえてくるのは虫の音のみであった。それにしても景色ごと今にも溶けて溢れ出しそうな一面の闇である。その黒々とした夜は都会のそれとは一線を画し、凡そ文明の手が入っていない、太古の夜を思わせる。見ていると一切合切呑み込まれてしまいそうで、そこらの草陰で寝てしまえばそのまま夜に溶けて帰らないのではないかと思え、それも良いかという気さえしてくる。海に惹かれてきたはずが、今では山に惹かれている。何だか薄ら寒くなり、懐中電灯を振り回しながらほうほうの体で下山した。
しかし、帰りの電車の暖かな座席に腰を下ろしてしまえば、「なんだかんだと旅情溢れる思い出を得たな」という妙な達成感と心地好い疲労に包まれてただちに眠りへと誘われ、その後、本来降りるべき駅を寝過ごした次第である。


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2022/11/18

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