柏木作夢さんのインスタグラム写真 - (柏木作夢Instagram)「10数年前 アシスタント生活を経て スタイリスト柏木作夢として独立した時 まだ中身のスカスカだったブック(ポートフォリオ)を持ってアポ無しで当時九段下にあった角川出版に営業に行った。  雨が降っていて九段下の坂は濡れ、滑りそうになりながらも歩くスピードを落としては急いで角川出版を目指した。  まだ昼前なのに暗い  余計な湿度が視界にも体感にも心地悪さを醸し出している  そんなそんな苦手な梅雨のある日だった。  前述の通り、まったくのアポ無しで営業に訪れたボクはなんとか自分の作品を見てもらえないかと掛け合った。  いつも昼前を狙って営業に行った。 ランチの時間になれば担当者は必ず受付を通って外に出て行くだろうという魂胆だった。  【粘り勝ち】 この日はたまたま担当者がいて受付まで降りてきてくれた。  運が良かった  どんな人が降りてきて、ブックを見てくれるんだろうとワクワクしていた。  するとそこにアフロヘアの若い兄ちゃん  そう、この担当者こそが町田拓郎だった。  話していくうちにすぐに打ち解け、一気に汗が引いていく  奇跡の同い年 何か波長が合ってすぐに意気投合  重いブックの中にある絶対にイケてないであろうスカスカの作品たちを見ながら「何かお願いできる仕事あるかなー」と言ってくれた。  「これもいいね」 「こんなこともできるんだ」 すべての作品に対して感想とアドバイスをくれた。 嬉しかった。 このことは絶対に忘れない。  でも… 見た目と喋り方で明らかに「適当なヤツ」っぽかったのでその後のアテにはしていなかった。 少なくとも自分の人生において ここまで「適当なヤツ」感が出ている人間は初だったからだ。  にもかかわらず、その日から1ヶ月後…町田拓郎ことマッチーからしっかりと電話がかかってきたのだ。  ボクとマッチーの関係はここから深くなっていくことになる。  「今度H&Mが日本に上陸するんだけど取材行けます?適当にイイと思ったもの集めてきてもらって適当にコーディネート組んでサムくん流にスタイリングしたものを自分で文字起こして適当に紹介しません?」  (こいつ今この数秒の間に…何回'適当'って言葉使った…?汗) (やっぱり適当なヤツだった)  とはいえ  もちろん他に仕事なんてなかったボクは即答で「やります。」と  まだ誰もボクを知らない まだ誰もボクにスタイリングされていない  そんなスタイリスト柏木作夢が誌面に自ら登場し、当時空前の大ブームだった日本上陸したてホヤホヤのH&M、FOREVER21や老舗ファストファッションブランドGAP、UNIQLOなどを取材しては勝手にタイアップページを作り、ページにしていったのがボクとマッチーのページとなった。  取材をしたり、ライターとしての仕事をこなしたり、スタイリストとして自らが誌面に登場することなどといった当時の活動は、マッチーと出会っていなければ、きっとやってこなかったと思う。  文章を書くのは昔から好きだったし、自分が前に出るのも嫌いじゃない。 人混みをかき分けて「なんすかそれ?!」「くださいそれ!」「ちょっと!聞いてくださいよ!」と叫ぶのも得意だ  それをマッチーが見抜いていたのかと思うとゾッとする。  出来がったページを見た。 そこには自分の姿があった。  「誰これ?」というのが正しい感想だった。 まだまだだな、という気持ちと よくこれで出れたなオレ、という気持ち なんだか少しだけ恥ずかしかった。  そしていつもマッチーはボクに 「ユー、自分でスタイリングして自分で記事書いちゃいなよ」と言っていた。  「スタイリングと別に原稿料出すよ」 「ユー、スタイリングと原稿で2倍だよ」 「ユー、やっちゃいなよ」 「ユー、できるじゃん」  自分の仕事がなかった時代に、できるだけボクを現場で使おうと「作夢の使い方」を模索してくれた。  「こんなことできる?」とか 「これどう?」とかじゃなくて  「これでどうよ!」とか 「これやっちゃいなよ!」 の掛け声が心地よかった。  何かそういう新しいアタッチメントが自分の武器倉庫に格納されていく感覚  自分が少しずつ武装していく感覚が自分でも見ていて鮮烈だった。  マッチーには感謝しかない。  そんなボクらにもお互い子供ができて子供たちも偶然同い年(下の子はバラバラだけど  お互いがお互いのことしか話していなかったバカ2人が、今は現場で自分の息子のことを主役に、脇役としての父な自分のことを互いに話している。  マッチーとは偶然の縁から始まった。  でも偶然という言い方にしっくりはこない。 自らの意志で、自らの足で、九段下の地を訪れたあの日、あの雨の日。  会うべくしてボクはそこを目指したのではないかとあの日から感じている。  どちらにしても、この「適当なヤツ」とは これからさらに長い付き合いになりそうだ。  初めて営業先でブックを見てくれて仕事くれた適当なヤツ!  そんなマッチーに昨日10数年ぶりに現場一緒になりました! という話  家族で会いに行くね!! @takumachi   #町田拓郎#マッチー#角川#角川書店#思い出#青春#青春フォトグラフ #同い年#適当なヤツ#友達#戦友#タメ#縁#運命#感謝#ありがとう」9月8日 10時03分 - samukashiwagi

柏木作夢のインスタグラム(samukashiwagi) - 9月8日 10時03分


10数年前
アシスタント生活を経て
スタイリスト柏木作夢として独立した時
まだ中身のスカスカだったブック(ポートフォリオ)を持ってアポ無しで当時九段下にあった角川出版に営業に行った。

雨が降っていて九段下の坂は濡れ、滑りそうになりながらも歩くスピードを落としては急いで角川出版を目指した。

まだ昼前なのに暗い

余計な湿度が視界にも体感にも心地悪さを醸し出している

そんなそんな苦手な梅雨のある日だった。

前述の通り、まったくのアポ無しで営業に訪れたボクはなんとか自分の作品を見てもらえないかと掛け合った。

いつも昼前を狙って営業に行った。
ランチの時間になれば担当者は必ず受付を通って外に出て行くだろうという魂胆だった。

【粘り勝ち】
この日はたまたま担当者がいて受付まで降りてきてくれた。

運が良かった

どんな人が降りてきて、ブックを見てくれるんだろうとワクワクしていた。

するとそこにアフロヘアの若い兄ちゃん

そう、この担当者こそが町田拓郎だった。

話していくうちにすぐに打ち解け、一気に汗が引いていく

奇跡の同い年
何か波長が合ってすぐに意気投合

重いブックの中にある絶対にイケてないであろうスカスカの作品たちを見ながら「何かお願いできる仕事あるかなー」と言ってくれた。

「これもいいね」
「こんなこともできるんだ」
すべての作品に対して感想とアドバイスをくれた。
嬉しかった。
このことは絶対に忘れない。

でも…
見た目と喋り方で明らかに「適当なヤツ」っぽかったのでその後のアテにはしていなかった。
少なくとも自分の人生において
ここまで「適当なヤツ」感が出ている人間は初だったからだ。

にもかかわらず、その日から1ヶ月後…町田拓郎ことマッチーからしっかりと電話がかかってきたのだ。

ボクとマッチーの関係はここから深くなっていくことになる。

「今度H&Mが日本に上陸するんだけど取材行けます?適当にイイと思ったもの集めてきてもらって適当にコーディネート組んでサムくん流にスタイリングしたものを自分で文字起こして適当に紹介しません?」

(こいつ今この数秒の間に…何回'適当'って言葉使った…?汗)
(やっぱり適当なヤツだった)

とはいえ

もちろん他に仕事なんてなかったボクは即答で「やります。」と

まだ誰もボクを知らない
まだ誰もボクにスタイリングされていない

そんなスタイリスト柏木作夢が誌面に自ら登場し、当時空前の大ブームだった日本上陸したてホヤホヤのH&M、FOREVER21や老舗ファストファッションブランドGAP、UNIQLOなどを取材しては勝手にタイアップページを作り、ページにしていったのがボクとマッチーのページとなった。

取材をしたり、ライターとしての仕事をこなしたり、スタイリストとして自らが誌面に登場することなどといった当時の活動は、マッチーと出会っていなければ、きっとやってこなかったと思う。

文章を書くのは昔から好きだったし、自分が前に出るのも嫌いじゃない。
人混みをかき分けて「なんすかそれ?!」「くださいそれ!」「ちょっと!聞いてくださいよ!」と叫ぶのも得意だ

それをマッチーが見抜いていたのかと思うとゾッとする。

出来がったページを見た。
そこには自分の姿があった。

「誰これ?」というのが正しい感想だった。
まだまだだな、という気持ちと
よくこれで出れたなオレ、という気持ち
なんだか少しだけ恥ずかしかった。

そしていつもマッチーはボクに
「ユー、自分でスタイリングして自分で記事書いちゃいなよ」と言っていた。

「スタイリングと別に原稿料出すよ」
「ユー、スタイリングと原稿で2倍だよ」
「ユー、やっちゃいなよ」
「ユー、できるじゃん」

自分の仕事がなかった時代に、できるだけボクを現場で使おうと「作夢の使い方」を模索してくれた。

「こんなことできる?」とか
「これどう?」とかじゃなくて

「これでどうよ!」とか
「これやっちゃいなよ!」
の掛け声が心地よかった。

何かそういう新しいアタッチメントが自分の武器倉庫に格納されていく感覚

自分が少しずつ武装していく感覚が自分でも見ていて鮮烈だった。

マッチーには感謝しかない。

そんなボクらにもお互い子供ができて子供たちも偶然同い年(下の子はバラバラだけど

お互いがお互いのことしか話していなかったバカ2人が、今は現場で自分の息子のことを主役に、脇役としての父な自分のことを互いに話している。

マッチーとは偶然の縁から始まった。

でも偶然という言い方にしっくりはこない。
自らの意志で、自らの足で、九段下の地を訪れたあの日、あの雨の日。

会うべくしてボクはそこを目指したのではないかとあの日から感じている。

どちらにしても、この「適当なヤツ」とは
これからさらに長い付き合いになりそうだ。

初めて営業先でブックを見てくれて仕事くれた適当なヤツ!

そんなマッチーに昨日10数年ぶりに現場一緒になりました!
という話

家族で会いに行くね!!
@takumachi

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2023/9/8

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