岩下尚史のインスタグラム(iwashita_hisafumi) - 4月29日 07時33分

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薫風に誘はれ、新宿から電車に乗り、港の見える公園を目指して杖を曳く。
神奈川近代文學舘で開催中の、『生誕110年　吉田健一展　文學の樂み』をば拜見する爲なり。
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「我々は何かを求めて本を讀みはしない。たゞ讀んだ後で、それが本と呼ぶに價するものならば、或ることに出會つた感じがする」
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と、吉田健一の遺せし膨大な文章の中から此の一文を撰り出し、告知に掲げた當舘職員の眼の付けどころは御手柄、ご立派。
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ひとくちに讀書と言つても、本から手つとり早く知識を得やうとしたり、物を知つているといふだけで他人を見下したがるような、けち臭い、不潔で時代遅れのインテリたちのすなるものと、吉田健一の誠實かつ餘裕ある流儀とのあいだには、まさに雲泥萬里の違ひあり。
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人が自立して、誰に邪魔されることなく自由に、また周囲にやさしく生きるいふことを眞劔に考へ、みづから貫きし正統文士の生涯を辿るよすがに、遺族に託された豐富な原稿や品々を飾りたるを見。簡明なる手引に導かれて會場をめぐるにつれ、しみじみと共感の湧きいづる回顧展。
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河上徹太郎、中村光夫、三島由紀夫など交遊ありし文人との書翰や貴重なる寫眞は勿論、父たる吉田茂をはじめ母方の高祖父たる大久保利通に繋がる家庭環境のあれこれまで、興味盡きざる展示品の數々に滿足して會場を出づれば、こは麗しや、青葉若葉の光に咲き匂ふ、色とりどりの薔薇の照り輝くを見る。
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さりとは、何といふ倖せな半日かなと、ふだん忘れがちなる、うつくしき心をみやげとして車に乗り、これはまた充實した展示目録を讀むのに時を忘れ、居眠りもせず歸京しけり。
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此の回顧展、わけても、吉田健一に未知なる若き世代の人たちに推奨す。

なぜなら、彼の文學こそ、今の若者たちの素直で、穏健で、公共を大切に思ふ心情や感性に近きものなれば、困難な人生に窓を開いて呉れるやうな、良き友となるであらうことを信ずればなり。五月廿二日迄。
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