しろやぎ秋吾のインスタグラム(siroyagishugo) - 6月14日 17時25分


フォロワーさんの「10代の話」その25

実を言うと僕も保育園、小学校中学校高校と場面緘黙ガチ勢でした。
6月24日に発売の本の書き下ろしの話は実は自分の話です。
学校で勤めていた時、場面緘黙の子に何人か出会ったけど、自分もそうだったよと焦らんでも大丈夫ってなんであの時言ってあげれなかったかな〜
ーーーーー
小学校3年生の時、隣のクラスに女の子が転校してきました。ある時、週一でやっていた学童の図工クラブ(小学生を対象にした、工作サークルみたいなものです。)にその子がいました。
活発だった私はすぐに「転校生だよね?仲良くしてね!」と話しかけました。
その日から、ゲームをしたり、絵を描いたり、毎週のように一緒に遊びました。私が父の仕事で海外に1年間引越したときも、国際メールで文通するほど仲が良かったです。
帰国して高学年になった頃、隣のクラスの帰りのホームルームがいつまでも終わらない日が時々ありました。
覗いてみると、その子が前に立っていつも泣いています。どうやら日直のようで、一日の振り返りが言えず、ホームルームが終わらずみんな困ってるようなのです。(私の小学校では朝の会と帰りの会で必ず日直が一日の目標と振り返りを発表するシステムがありました。)
それでも待てばホームルームは終わるし(今思えば先生が強制的に終了させてました)、放課後になればいつものように仲良く遊んでいたので、発表が苦手なんだろうな、くらいで特に気にしていませんでした。

中学では同じクラスになり、2人で喜んだのですが、彼女の苦手は、中学でも続きました。それに、ホームルームだけで発言できないわけではなかったのです。
国語の音読、数学の答えの発表、みんなとの意見交換など、人前で発言することがほとんどが出来ませんでした。
進まない授業や終わらないホームルームに、クラスメイトがイライラすることは簡単でした。その子は陰口を言われていました。
発表できない度に泣いてしまい、悔しい表情をするその子に気づいていましたが、私は自分が陰口の標的になるのが怖くて、なにも言えなくなりました。次第にその子とは口を聞かなくなり、中学を卒業したと同時に全くの疎遠になってしまいました。

大人になってからテレビで「緘黙症」という言葉を知り、あの時もう少し彼女を理解してあげれたら、授業のあとでそばにいてあげれたら、悔しい思いを聞いてあげれたらと、とても後悔しています。今更後悔したところできっと彼女につけた傷は癒えないと思いますが、どこかで幸せに生活してることを願っています。
ーーーーー
#10代の話
#フォロワーさんの体験談
#漫画 #マンガ #manga


[BIHAKUEN]UVシールド(UVShield) 更年期に悩んだら

>> 飲む日焼け止め!「UVシールド」を購入する

15,530

62

2021/6/14

しろやぎ秋吾を見た方におすすめの有名人