猫沢エミのインスタグラム(necozawaemi) - 5月1日 19時07分


5月1日のメーデー。フランスではミュゲ(すずらん)の日。親しい人の幸福を祈って、すずらんの花束を贈り合う。

すずらんは私にとって、ちょっと特別な思い出がある花。

「ねこしき」の〝はじめに〟で、子どもの頃の私の舌を作ってくれた〝台所のおばちゃん〟の話が出てくる。アイヌ人である亡きお父さんを誇りにしていた、あのおばちゃんだ。おばちゃんは、休暇になると北海道の実家に帰っていた。

ある日、おばちゃんが飛行機に乗って北海道へ帰るのだと聞いた幼いころの私は「おばちゃんお願い。お土産は雲!飛行機の窓を開けて、虫取り網で雲をとってきて!」と頼んだ。

おばちゃんは微笑んで「わかった。ちょっと頑張ってみるね。」と言った。それからおばちゃんの休暇が終わって帰ってくると「ごめんねぇ〜。おばちゃん、飛行機の窓を開けようとしたら、スチュワーデスさんに怒られちゃって。だから雲は持って帰れなかったよ。でも、代わりにこれ…ハイ」と、すずらんの花の絵がついた、かわいいソーイングセットをくれた。最初から「雲なんてムリだよ」とおばちゃんが言わないでいてくれたおかげで、幼い日の私の想像力は、しぼまずに済んだ。

私は雲のことなんかすっかり忘れて、可愛らしいソーイングセットと、すずらんの絵に夢中になった。手芸に興味を持つきっかけになって、それからいろんなものをチクチク作り始めもした。

おばちゃんは、私が小学校高学年になるあたりで、ある日突然家からいなくなった。私はなぜおばちゃんがあんなに可愛がってくれていた私にあいさつもせず消えたのか訝しかったけど、実家は複雑なおとなの事情が渦巻いている、かなり変わった環境だったので、私はなんとなくそれ以上、母につっこんで聞くことができなかった。

それからおばちゃんに会えぬまま40年ちかく時は流れ、私は自分が〝おばちゃん〟と言われる年齢になった。

母が亡くなる数ヶ月前、まるでそれが最後の告白…といった趣の、猫沢家に関する秘話公開デーみたいな日があった。

「そういえばさ…台所のおばちゃん、なんでうちを辞めてから、居場所教えてくれなかったの?」

母はしばし口籠もり、それから「うちを辞めてずいぶん経ってからだけどね…自死したのよ。」と言った。

一瞬、息が止まった。そして、おばちゃんの顔がはっきり目に浮かんだ。

母にも事情はわからないのだという。同じ市内で飲み屋さんを営む娘さんのところへしばらく身を寄せていたが、それから家族ごと引っ越してしまい、連絡が途絶えたのだという。

…と、ベッチに話した。「ねこしき」の〝はじめに〟へ、おばちゃんの話を書きたいと提案したとき。そして、ベッチが「それは書いてあげなくては。おばちゃんもきっと喜ぶよ。」と言ってくれて、とても嬉しかったし、人間としていいやつだなと思った。

おばちゃんの自死に関して、実はあまり信じていない。うちの母は愛すべき素晴らしい母だったけど、嘘つきでもあったから。真実を抱えたまま、母ももうこの世の人ではなくなっている。

本当か、嘘かが大切じゃないときもある。だから、私はまだきっとおばちゃんがこの世のどこかで幸せに暮らしている、または、幸せな最期だったと思っている。私にとってはそれが真実だ。

たとえ仮に、自死が真実だとしても、死は個人個人のものであって、それを勝手にとりあげるようなこともしない。自死に対しても、他の死と何ら変わりがないと思っている。

フランスの詩人、ボリス・ヴィアンの言うように《死の色は、みな同じ》なのだ。

#ねこしき #東京下町時間


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2021/5/1

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