若林正恭 著書「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」のインスタグラム(masayasuwakabayashi) - 12月8日 22時35分


今から十数年前の夏、神奈川県の海水浴場でネット番組主催の営業の仕事があった。
三十度は優に超える炎天下の砂浜に設置された舞台で若手芸人数組がネタをやるという仕事だった。
砂浜にはこんがりと日焼けした髪の毛がカラフルなイカつい海水浴客達が「なんかやってるならちょっと見てみよっかな」という感じで大勢集まっていた。
元々海に遊びに来るのが目的で芸人のネタを見る気はあまりないであろうお客さんなので、イベントが始まると出演者達はお客さんに荒めの言葉で野次られている上に笑いは起きないという状況だった。
僕は「ウケないだろうな」と思っている上に、お笑いを辞めようかと悩んでいた時期なのであまりやる気がなかった。

待機場所である海の家の隅っこでスーツを着て出番を待っていたのだが、
座っているだけで汗だくになり上着も靴下も脱いでネクタイも外した。
やがて自分達の出番がやってきた。
はるか年下であろう怖い人たちに野次られて舞台を降りることになるのだろうなと暗い気持ちでセンターマイクまで歩いて行った。
「どうも…」
薄目で普段の半分くらいの声量で漫才を始めた。
「めっちゃやる気ねぇじゃん」という野次が聞こえ、
ここから地獄の時間を過ごすことになるのだろうなと諦めの境地で漫才を続けていると驚いたことに徐々にウケ始めた。
そして、その反応に気を良くした僕と相方は次第にやる気と大きな声が出てきた。
漫才の最後の相撲をとるくだりでは、
大きな拍手の音が聞こえた。
なんで反応が良かったかわからないまま漫才を終えて舞台を降りた。
帰り道、江ノ電で隣に座るサトミツが「今日すごく良かったね!」と興奮しながら話してくれたけど、頭の中にはクエスチョンマークが浮かんだままだった。
その後、その日の出来に気を良くした僕は「そうかボソボソとテンション低めに漫才に入ればウケるのか!」と普段の都内のライブでもそんな風にやってみた。
だけど、現実はそんなに甘いものではなくそれ以降もウケない日々は続いた。

風姿花伝は世阿弥が記した能の理論書です(勉強不足で先輩に薦めてもらうまで知らなかったけど)。
尊敬する先輩に薦めていただいて風姿花伝に纏わる本を数冊読んだ。
何冊か読んだ中でもこの「すらすら読める風姿花伝」は、著者の方の現代語訳が分かりやすく且つとてもおもしろいので文字通りすらすら読めた。 「陰陽の調和するところの境地をば成就というのだと知るべし」(96ページ8行目〜)
「昼の気は陽である。そうして場を静めて能をしようという工夫はどちらかといえば陰の気である。ということは、陽気の時分に陰気を生じるのだから、これぞ陰陽が調和する心、能がうまくいく成就の始まりだというわけである。」(96ページ11行目〜) 「夜はまた、元来が陰の気なので、能は反対にいかにもうきうきとしたものを心がけて、すぐにつづけてしみじみとした内容のある能を演ずると良い。」(97ページ6行目〜)
昼の客席は陽であるから舞台の上は陰に演じると良い、
夜の客席は陰だから舞台の上は陽に演じると良い。
大雑把にいうとそんなことが書かれていて、僕は先ほどの海の家の営業のことをふと思い出した。
海の客の陽の気と、こっちのやる気のない陰の気がたまたま合った。だけ。
と、するならばそれはやはり実力とはまた別の部分で‘気’が大きく影響していたということになるだろう。
十数年前の自分に‘気’のことが理解できる筈はない(今もあまりよくわからない)。
そして、世阿弥は昼にも陰の客席はあるし、夜にも陽の客席はあるから気をつけてね。というようなこともしっかり書いている。
そして、その客席の‘気’を見事に察知して演じ分けて盛り上げるのが実力者と言われる人たちで、世阿弥(さん)はまさにそういう天才の人だったのであろう。

毎週、ヒルナンデスのCM中に相方が体操をやる時間があるのだが、そこでやることや文言は4年ぐらいほとんど一言一句変わらない(変わらないのが彼のすごさということで、どうかひとつ)。
それでも、どえらい盛り上がる日もあればどえらい盛り上がらない日もある。
もちろん確かな芸があった上でのことだろうけど、そういう目に見えない客席の空‘気’。それは客席の人の性別や年齢層や趣味嗜好、時間帯、天候、体調、脳内物質のバランスなどなど、あげたらキリがない要素の集合体を‘陰陽’で書き記した世阿弥(さん)。
そういう客席の気と演者の気が合うかどうかを今風にいえば‘ハマった’とか‘ハマらなかった’というのかもしれないですね(僕の場合、単純な実力不足が大体だけれども)。
いずれにしても、過去の経験が呼び起こされて輪郭が明瞭になる読書体験はとても痺れるものでした。
他にも読んでいて目から鱗が落ちたり、膝を打ったりしながらもあっという間に読了しました。
「この本を十年前に読んでいたらな」と悔しい気持ちになりましたが、十年前に読んでいても理解できなかったと思います。
いい本を読んだ時の読書あるあるですね。
そして、今も理解できていない箇所はきっとたくさんあるんだと思います。
これからも、数年おきに何度も読んでみたい本に出会えてとても嬉しかったです。
薦めてくれた先輩に感謝です。


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2019/12/8

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