鈴木涼美のインスタグラム(suzumisuzuki) - 8月2日 03時10分
最近、幻冬舎Plusさんが、私が「愛と子宮に花束を」を出版した時に書いた母への手紙を再掲してくれました。
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母上様
あなたが息をしなくなってから来月でちょうど1 年経とうとしています。私は相変わらず新宿に住んでたまにワイワイ飲みに行きながら、でもずっと鳴り続けていた蓄音機が急に動かなくなったような、そんな不思議な毎日を送っています。
33歳になったばかりの頃に私を産んで、私が33歳になる直前に逝ってしまったあなたにとって、私はあんまりいい娘ではなかったのでしょうか。19 歳で家を出てから何度も、しばらく実家に戻ってくればいいのに、という両親の言葉を無視して外で暮らし続けた私の生活は、とても愉快で華やかなものでした。
それでも私は、いつかは向き合って答えを探さなくてはいけない問題をいくつか、身体の中にとどめたままでした。
思えば私のこれまでの人生は、有り余る資本がぶら下がった身体を小気味よく利用して生きていくことが、どうして簡単に許されないのか、その問いに支配されていたような気もします。なぜ身体を売って、面白楽しく暮らしてはいけないのか。あるいは、どうして身体を売るような荒んだ生活は魅力的で、引き返せないほど強く私たちを掴んで離さないのか。
ただただ煌めくその世界に引き込まれながら、キャバクラのおしぼりケースの中で眠りこけた時も、AV嬢になった時も、なんとなくではありますが、根っこのところにそんな問いが横たわっていました。どうしてこんなに楽しく、どうしてこんなに許されないのか、と。
ただ、おそらく私はその答えの、最も重要な、核のような部分を教えてくれるものがあるとしたら、それは私の数多の経験ではなく、あなたであると思っていたし、今でもそう思っています。そしてあなたは私のいる靄のかかった迷路の先に、その核の、本当に小さな小さな破片の影をチラつかせて、チラつかせたままこの世を去ってしまいました。
私は今も、わかりそうでわからない、掴めそうで掴めないそのぼんやりとした影を追いかけています。もしかしたら一生見つからないかもしれないし、最初から全体などないのかもしれないけれど、奥の方でぼんやりと光っている何かを追い求める人生も、結構楽しいのかもしれません。
先日、持ち主によって開けられることがなくなってしまったあなたの部屋のクローゼットを整理しに、鎌倉の家へ行ってきました。
あなたのクローゼットには、肩パット入りのCKのスーツなど、いろいろ笑えるものが入っていましたが、思いの外多かったのが、もともと、私が自分用に買った服やバッグです。
そういえばあなたはよく私が着なくなった服を、自分の部屋に持って行って時々着ていたな、と懐かしく思い出しました。私が知らないオジ様方にお酒をついで営業メールをして稼いだお金で買った服。それに袖を通して、もしかしたらあなたはほんの少しでも私のことを理解しようとしていたのかもしれません。
ついでに私は散らかり放題の倉庫のようになっている自分の部屋の整理もしたのですが、タグがついたままカビ臭くなっている洋服たちは私にとってもう、以前のようにキラキラとした輝きが感じられるものではありませんでした。
それでも、母であるあなたへの嘘のない愛をもっても、元カレたちに向けてきた嘘っぱちの愛をもっても、止められないほど強い衝動をもってそれらに囲まれた生活を選択してきた私にとって、そういった残骸はとても悲しく愛らしく見えるものです。私の中で、母や父を愛することと、暗い深海のような夜の街に繰り出すことは、大した矛盾もなく両立するような気がしていたけれど、あなたは最後までそれを真っ向から否定していました。
結局、私はあなたの言葉によってAV嬢を引退したわけでも、キャバクラを退店したわけでもなく、今もそれらを否定する言葉を持ちません。でも、今もなおそれなりに商品価値のある身体を抱えたまま、それを売らずに生きていられるのは何故なんでしょうね。散々知らない男にお酒を注いで、散々人に裸を見せて、もう守るべき聖域など何もないはずなのに。
前置きが長くなりましたが、この度、あなたとの最後の会話を書き綴った本を出版するに至りました。私のように、母親との間に絶望するほどでもない些細な悩みを持って夜の世界を駆け巡った女の子たちの話を書いた連載を本にしよ ようと思った際に、あなたとの会話を、書き下ろしで付け加えることを許してもらいました。
二度と更新されないあなたの言葉は、日々更新されるウェブサイトに乗せるには似つかわしくないと思ったからです。普遍的なことを言うのを恐れないあなたの言葉は、簡単にデリートできない、インクで書かれた文字に似ていると思ったからです。
そして何より、書斎にある何千冊もの本に埋もれながら、70冊以上もの本を書きながら、私を育てたあなたの言葉を、私も本の中に保存したいと思ったからです。
思っていたより、私はあなたの言葉に動かされて生きてきました。思っていたより、あなたはわかりやすい愛の言葉で、私を正そうとしていました。
長くなりましたが、良い娘を器用に演じずに生きる私を、長いこと許さずに受け入れ、嫌いながら愛してくれたことに、心から感謝いたします。
2017年5月
鈴木涼美
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